ラフィットが手がける南仏ワイン
「南仏の新しい基準」「ラングドックのラフィット」
ローマ時代に遡るワイン造りの歴史
オーシエールのブドウ畑の歴史は、ローマ時代に遡ります。中世になると教会がブドウ畑を所有するようになり、オーシエールはおよそ1世紀の間、シトー派修道院の自給自足を賄う農場としての役割を担っていました。フランス革命により教会の財産が没収された際は、競売にかけられ、ナポレオン皇帝の大臣だったダリュ伯爵が競り落とします。1880年前後にラングドック地方もフィロキセラ害に襲われますが、被害は早く食い止められ、生産は早く持ち直し、19世紀末に畑の規模は拡大していきます。
ロスチャイルド家との出会い
しかし1950年代以降、ラングドック地方の多くの生産者が衰退してゆく中、オーシエールもその流れには勝てず、徐々に畑は荒れ果て、前オーナーの時代にはそのほとんどは安いテーブルワインに使用されていました。ラングドック地方の窮状を救うには、長期的な視野に立ち高品質なワインをつくることができる、すなわち高いノウハウと豊かな資金力を有したリーダーが必要でした。そこで地元の有力者がシャトー ラフィットのエリック・ド・ロスチャイルド男爵にオーシエールの畑を紹介しました。オーシエールを訪れたエリック男爵はその畑のポテンシャルに惚れ込み、1999年についにその広大な土地を取得しました。
畑
所有面積の600haのうち葡萄畑は約160ha。土壌は、斜面では砂利質や砂岩質、平野部は砂質となります。3分の2の畑がコルビエールAC(シラー、ムールヴェードル、グルナーシュ、カリニャン、サンソー)、残りの3分の1がヴァン・ド・ペイドック(シャルドネ、メルロ、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルド)に属します。前者が主に斜面部に植えられているのに対し、後者は平野部に植えられています。栽培方法は伝統的なコルビエールの垣根仕立て、植樹密度は4400株/ha、収量は著しく制限されています35 hl/ha前後)。また所有地内の動物群のために、オリーブやアーモンドも栽培されています。
ラフィットチームによる再生
オーシエールの責任者には、南仏出身で、ラフィットの醸造責任者シャルル・シュヴァリエ氏の右腕だったエリック・コレール氏を派遣。徹底した地質調査により植替えを行ない、またセラーも一新され、最新技術をもって収穫から瓶詰めまでラフィットさながらの入念さで作業が進められます。
オーシエールでは多種の品種栽培を行っているため、収穫は長く9月初めから10月初めにかけて行われます。赤ワインの醸造には、ボルドーの伝統方式またはラングドック地方のマセラシオン・カルボニック法を用います。白ワイン用のブドウは、スキンコンタクト後、ワインに複雑さを持たせるために、90%をステンレスタンクで、残りの10%を樽で熟成させます。シャトー オーシエールおよび《A》ド オーシエール用ワインの樽熟成には、ポーイヤックにあるラフィットの樽製造所から仕入れた樽を用います。