今やブルゴーニュの生産者として筆頭に名前が挙がる生産者となったフィリップ・パカレ。ボジョレー出身で、代々続く栽培・醸造家の家系で育った。自然派ワインの父故マルセル・ラピエールを叔父にもつ家系であるという事は、あまりにも有名である。子供の頃からワインの傍らで育った彼にとって、「ワインの世界に生きる」という事は当然であったが、今の彼の成功には様々な出会いが関係している。ブルゴーニュ・ディジョン大学で、醸造学を学んでいた時に叔父ラピエールの紹介で、ボジョレーの醸造家であり高名な醸造科学者でもあるジュール・ショヴェと知り合う。化学物質を使わない自然なワイン造りを行っていたショーヴェ氏のもと大学で「自然栽培と酵母」「土壌と酵母」についての研究を深めていく。大学卒業後は、ビオロジック農法団体「ナチュール・プログレ」で2年程務めた後に、ドメーヌ・プリューレ・ロックの醸造及び販売責任者となり2010年までの間10年に渡って働く。この間にロックのワインの評価は世界的に高まり、それと共にパカレの名声も上がっていった。その後は自身でワイン造りを始め、2001年が初ヴィンテージである。
いわゆる“自然派”ワインの造り手として、時には難しい造り手と思われがちだが、彼から聞くワイン造りの話は実に理論的で分かり易い。自らの畑を持たず全て賃貸契約畑でワインを仕上げるが、畑の台木選びから醸造まで徹底したこだわりを持っている。土中のミネラル分がテロワールとしてワインに表現されるとして(パカレ曰くワインは、ミネラル分を豊富に含んだスポーツ飲料だとの事)、発酵にはテロワールを表現する為に要となる天然酵母を使用。発酵中は段階毎に異なる種類の天然酵母が作用する為、不要な温度管理は一切行わない。アルコール及びマロラクティク発酵は木樽にて行い、その後はスーティラージュはせずに澱と触れた"還元的な状態“で熟成をさせる。熟成中には樽を転がして、澱とワインを攪拌し、醸造中のSO2の添加は酵母の働きを妨げるとして一切行わず、瓶詰め前に必要最低量のみ加える。また、瓶詰めはブルゴーニュ・ルージュからグラン・クリュまで、全て手作業で行っている。
ワインについて語るパカレは実に真剣で、彼の話はまるで学校の講義を聞いているかの如く分かり易い。自身のワイン造りの過程の一つ一つに化学的な根拠があるという自信が満ち溢れている。近年のパカレのワインが安定しているのは、化学者としてワインに向き合う確かな姿勢の現れかも知れない。
Rouge
パカレ氏がワイン造りにおいて最も重視するのが、畑に生息する野生酵母の働きです。その畑だけが持つテロワールの個性をワインでしっかり表現するためには、この野生酵母の働きが不可欠で、「除草剤や除虫剤を使えば畑での仕事は楽になる。でもブドウ樹を栄養過多にして病気への抵抗力を落としてしまう。同時に、何より大切な畑の酵母を死滅させてしまうことに繋がる。」というパカレ氏の考えの元、化学薬品の使用は一切行いません。
この酵母の働きを重視したワイン造りは、醸造においても顕著に表れています。ブドウ果汁に負担をかけないグラビティシステムが採用されている醸造においてはブドウは除梗されず、SO2(亜硫酸塩)の使用を最小限にする代わりに炭酸ガスを注入。酸化を防ぎながらブドウ由来の自然酵母による発酵(セミ・マセラシオンカルボニック法)を待ちます。
パカレ氏はチーズや味噌のような発酵食品同様、ワインも発酵飲料と捉え、酵母の自然な働きを促すために発酵中の温度管理は行いません。各区画に存在する酵母は約30種類と言われ、それぞれが異なるテロワールの風味を引き出すと言われています。個々の酵母が働く時期は発酵の段階により異なるため、人為的に温度コントロールすると、一部の酵母しか働かず、単純な味わいのワインになってしまうとパカレ氏は考えているのです。
樽の使用については、ワインに過剰な樽香がつくことを避けるために使用を抑え、1、2年使用された樽をメインに使っています。熟成中は澱引きはもちろん、清澄、濾過も行いません。野生酵母の働きを阻害するSO2は、醸造中には一切使用せず、瓶詰め前に必要最低量のみ添加。そして、熟成後は全て手作業で瓶詰しています。